2.リュックさんのシェア哲学(後編)  2013.07.12
 
パリでは、昔から、アパルトマンやアトリエをシェアする文化が根づいています。近年は、自転車や車といった交通手段、さらには家庭菜園などをシェアする試みもすっかり定着し、新しいスタイルとして毎日の暮らしの中にごく自然に取り入れられています。このコラムでは、そんな、パリジャン達をご紹介します。
     
 「この10年、常に同居人と暮らしてきた」というのはアーティストのリュックさん。その数、実に15人。国籍も多様です。フランス人、日本人、オーストラリア人、ロシア人、ドイツ人、イギリス人、イタリア人の同居人たちは、短くて1ヶ月、長くて2ヶ月というサイクルで、リュックさんの暮らしに足跡を残していきました。

 60平米のロフトにある扉は、トイレ兼シャワールーム、そしてリュックさんの部屋を分けるものだけ。「唯一の壁はお互いへのリスペクト」というその言葉からは、見ず知らずの人と空間をシェアする時の心がまえや醍醐味を感じます。大事なのは、パーティションをつくることではなく、お互いの生活を尊重しあうこと。
     
   「すべての人間関係において、相手をリスペクトするのは重要なこと。特に、ルームメイトとは毎日の生活の場を共有するわけだから、相手の領域にふみこまないようにしないとね」

 そう、やんわりと説明するリュックさんの考える「領域」には、目に見えないものも含まれます。たとえ物理的に壁を築いたとしても、言葉や態度でその領域を超えてしまうことも。シェアを楽しむための根っこにあるのは、お互いに対する気づかいでもあるようです。必要以上に物音をたてないこと、使った食器は洗って片付けること。そんな基本的なことは、ルールとして書き出すようなものではなく、本来は、一緒に暮らす相手を気づかう心から自然に生まれるものです。

     
  この家では、冷蔵庫の中にも区切りはありません。調味料はもちろん、食材なども、それぞれが買ってきたものを自由にシェアしているそう。「冷蔵庫の中に仕切りをつけるなんて、僕には耐えられない」というリュックさん。

 「僕が目指すのは、大人のルームシェア。全部をきっちり分ける必要はない。例えば、ほら、ヨーグルトを買ってきたとして、そのひとつひとつに『リュック』と書いたりするなんて、おかしいでしょ?」
 と笑います。
     

 このロフト内に扉をつくらない理由のもうひとつは、過去へのリスペクトから。

  「この場所は、1900年頃は印刷所だったんだ。パリの劇場のためのポスターやチケットが、ここで刷られていた。この建物では、労働者たちが働いていたという歴史がある。そこにパーティションをつくって普通のアパルトマンにするよりは、この空間をオリジナルのままにしておきたいと思ってる。扉をつくらないで、そのままの形を保つことは、この場所を保存することでもあるんだ」

 言われてみると、大きく窓のスペースがとられ、光あふれる広々としたその空間は、いかにもその時代の建築です。劇場が今よりも元気だったこの時代、インクの匂いの中で勢いよく回転する印刷機の音が聞こえてきそう。リュックさんの語る言葉に耳を傾けながら、ある空間に住むことは、その場所が持つ過去の記憶をシェアしていることにもつながるということに、ふと気がつかされました。
     
 そんなリュックさんが、自らの過去や歴史を大事にしないわけがありません。壁には、やはりアーティストだった父親による作品がかけられています。

 「もし、何か事故でもあってこのロフトを飛び出さないといけなくなったとしたら、僕は、父の作品を持って外に出る」

「子供のとき、友だちの家には有名画家の複製画が飾ってあったけど、僕の家には、その代わりに、本当の作品があったんだ」

 そう誇らしげに語るリュックさんは、10年の歳月をかけて、この空間を居心地よく整えてきました。アート作品やアンティークの家具や食器が馴染むそのロフトには、その生い立ちやルーツ、そして暮らしへの愛情が溶けこみ、訪れる人を魅了します。

 このロフトで暮らすことは、そんなリュックさんのセンスに毎日触れること。ルームメイトの候補者が後を断たないというのも、当然なのでした。

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