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column caféの使い方
小さい頃からキャトル・セゾンが大好きだったというcafe文化研究家の飯田美樹さんから届いた本とコラム
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vol.3 風を感じるテラスに行こう

 長かった冬も終わり、ようやく春のきざしが見えてきました。つい外に出かけたくなる、そんな季節こそカフェのテラスでお茶してみてはいかがでしょうか。
 パリのカフェにはテラスはなくてはならないもので、どんなに小さく庶民的なカフェであっても店の前に1つくらいはテーブルが出ているものです。今では排気ガスにまみれてしまった路上の環境はあまり良いとはいえないものの、暖かな日差しを求める人でテラスはたちまち埋まります。冬が長く、春や秋でも肌寒い日が多いパリにおいて、少しでも暖かいテラスで身体を暖めることができるのは本当にありがたいことなのです。

 ところで日本のカフェにテラスが定着しない理由の一つに「テラスは敷居が高い」と思われているのがあるそうです。かつて表参道にヨーロッパ風のカフェがこぞってテラスを出した頃、テラスはお洒落な自分を見せにいく、とても勇気のいる場所なのだと思われていたそうです。実際今でもテラスのあるカフェに行くとお洒落な雰囲気の外国人が座っているため、ついその隣に行くのを躊躇してしまうかもしれません。けれども彼らが格好良くみえるのは、テラス文化に慣れた彼らが、ごく自然に振る舞っているからではないでしょうか。
 テラスというのは緊張しながら人に見られに行く場所ではなく、自分がリラックスして気持ち良くなりに行く場所なのです。テラスでは風も街路樹のざわめきも感じ、目の前を行き交う人たちがいる。バスの音、車のクラクション、沢山の音が自分の前を流れていきます。自分は動かずにお茶を飲んでいるだけなのにこんなにも景色が変わってく。それは決して自分の家にいてはできない経験ではないでしょうか。
 私は留学時代によくモンパルナスのドームのテラスで雨の日を過ごしていました。そこで雨の中傘をさして急ぐ人達を見て、たった300円くらいを払っただけで雨にも濡れずにのんびり過ごし、何かに想いをはせていられる、そんな贅沢な時間を本当にありがたく思ったものです。

 20世紀前半にもテラスには多くの人達が集っていました。モンパルナスの時代を形作ったといわれ、のちにヘミングウェイも通うことになるカフェ、クローズリー・デ・リラは、沢山のリラの木に囲まれたテラスが詩人たちに評判でした。そこには夕方の食前酒の時間になると詩人たちだけでなく様々な雑誌の編集者たちが待ち合わせでもするかのようにこぞってやってきたそうです。彼らは涼しい木陰でお酒を飲みつつインスピレーションが降ってくるのを待っていました。ドームやロトンドはじめ、モンパルナス大通りのカフェもテラスが有名なカフェでした。テラスでは街行く人を眺めていられるため、たまたま通りすがった知人に声をかけ、ひとときを共に過ごすこともできました。テラスというのは思いがけない出会いに満ちた場所でもあったのです。

 お互いが開放的になり気の向くままに座っていられる、話したければ話していいし、話したくなければそれでいいという、完全に自由でオープンなカフェのテラス。パリのテラスは隣の席と距離がほとんどないために、席に座る時や隣の人が暇そうにしている時など、ちょっとした会話をするきっかけに満ちています。お互いが忙しそうでなく、テラスの時間を楽しみに来ているのだということがなんとなくわかっていたら、少しは会話も弾むもの。日々忙しい暮らしの中で、そんな場所での出会いというのはまさに一期一会です。

 私は前回パリに行った際、期待していた哲学カフェが満席で中に入れずテラスで時間をつぶしていました。私がそこに座ってバスチーユ広場を眺めて絵を描く間、たまたま隣に座って会話をした人達はなんと7人にも上っていました。そこで出会った一人は偶然にも私が連絡を取ろうと必死になっていた作家の方の友人で、彼の住所を教えてくれました。またもう一人の女性は哲学カフェの常連で、その日をきっかけに仲良くなり、なんと日本の私の結婚式にもきてくれました。そんな出会いが起こりうる場所、それがカフェのテラスです。

 蒸し暑く、蚊が多いのも日本にテラスが定着しにくい理由でしょう。日本でテラスが心地いいのは春から梅雨に入るまでと秋口というごく限られた季節です。今日は外に出たいな?!そう思った日が行き時です。心地よいざわめきに耳を澄ませてパリのカフェに想いをはせてみてください。

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