vol.5 『パリの胃袋』 ―マルシェの歴史を探して―
texte & photo : アトランさやか
パリの中心レ・アールには、1968年までパリの食を支える中央市場がありました。フランスが誇る19世紀の作家ゾラは『パリの胃袋』の中で、この地域の活気に溢れる様子を仔細に書いています。この小説を何度も読んだので、このあたりを歩くと、主人公フロランが野菜を運ぶ馬車に揺られながら市場に到着するシーンや画家のクロードが愛してやまない野菜たちの「美しさ」をつい思い出します。    
サン・ユスターシュ教会に残る彫刻 鮮やかな野菜の色にハッとする
  現在、レ・アールから北に伸びるモントルグイユ通りにはいくつものビストロやレストランが並び、食事時には、テラスで食べたりおしゃべりしたりで大忙しのパリジャン達が道まであふれかえるよう。また、この道ではマルシェが常設となっているので、いつ訪れてもマルシェの活気に触れることができます。夕方になると地元の住民たちが買い物をする日常の風景も垣間見ることができるのも魅力。中央市場がパリ郊外に移動してから40年が過ぎ、時代とともにこの地域は大きな変化を遂げました。昔からこの地に住む友人夫婦は「ここはすっかり観光地化してしまった」と嘆きつつ、それでも、「ここのカフェにはいまだに昔ながらのカウンターが残っていて美しい」「あの角のバーのパトロンは親切だから行くべき」などと教えてくれます。彼らも、生粋のパリジャン達の例にもれず、自分たちの住むカルチエに誇りを持っているようです。
ファサードの牛が目印の美味しいチーズ屋
    確かに、この通りには時代を超えて生き残ったお店が何軒か残っています。美しいファサードには誇らしげに創業された年が記されていて、まるで美術館のよう。『パリの胃袋』を長い間支えてきただけではなく、これからまた何世紀も残っていくであろうこういう場所に足を踏み入れると、時間の感覚が一瞬麻痺するような不思議な気持ちになってしまいます。
1730年創業の菓子・惣菜店 1832年創業のエスカルゴ専門店
隣のモンマルトル通りにも昔の名残りのあるお店が並びます。サン・ユスターシュ教会周辺には、洋服やアクセサリのお店に混じり、高級食材店や、プロ用の調理器具や製菓器具、食器などを扱う問屋があります。また、料理好き、本好きの方には是非寄ってもらいたい食専門の本屋も。新書はもちろんのこと、貴重な古書も扱っているのはこの書店ならではです。私は、以前この本屋がサン・ミッシェルにあったときからのファン。「食」をテーマに論文を書いていた時などはこのお店のアニックさんにずいぶん助けてもらいました。「こんなことが知りたい」というと、瞬く間に本の山の中から探している資料を見つけ出してくれる頼もしい彼女。アニックさんに勧めてもらったビストロ・ガイド(もちろんミシュランでも、ゴー・ミヨでもない)のおかげで、少しだけフランス料理が身近になった気がしたものです。ご本人も食べることは大好きのようで、パリの素敵なビストロの名刺をもらったこともありました。  
あれもこれも欲しくなって大変
  散策でお腹が減ったら、ビストロ「タンブール」へ。店主のアンドレさんは、レ・アールに卸市場があった頃からこの土地を見続けてきた、この地区の主のような存在。このビストロでは昔ながらの伝統的なフランス料理が楽しめます。人々の話す声が深夜まで絶えない“urbain bucolique”「牧歌的な都会」に身を置いていると、どこからか中央市場の喧騒が聞こえてきそう……。  
店主の人柄を慕って集まる客も多い アンドレさんのコレクションのひとつ


<この地区のおすすめアドレス>
上に紹介したお店に加え、モントルグイユ通りに住む友人のローランスさんに手伝ってもらいながらつくったリストです。

■L’église Saint-Eustache
(サン・ユスターシュ教会)
日曜11時、18時にはパイプオルガンの演奏が聴ける。サン・タンドレ礼拝堂は別名Charcutier(豚肉商)の礼拝堂と呼ばれている。
2, rue du Jour 75001 Paris
+33 (0)1 42 33 77 87
  ■La fermette
(チーズ屋)
この通りにいくつかあるチーズ屋の中でもここは格別。住んでいる人が言うのだから間違いない。
86, rue Montorgueil 75002 Paris
+33 (0)1 42 36 70 96
  ■Stohrer
(菓子、惣菜店)
いつ行っても人が絶えないお店。「ピュイ・ダムール」(愛の泉)という上品なパイ菓子が有名。
51, rue Montorgueil 75002 Paris
+33 (0)1 42 33 38 20
■L'Escargot Montorgueil
(エスカルゴ・レストラン)
足を踏み入れたことはいまだないけれど、外観をみているだけでその迫力に圧倒される。
38, rue Montorgueil 75001 Paris
+33 (0)1 42 36 83 51
  ■Librairie gourmande
(食専門書店)
ビストロ「タンブール」は、ここのお店で知り合ったジャックさんに教わった。食いしん坊が集まる本屋。
90, rue Montmartre 75002 Paris
+33 (0)1 43 54 37 27
  ■Le Tambour
(ビストロ)
アンドレさんのお父さんは肉屋を営んでいたため、このお店ではJarret de porc facon Saint Amour(豚もも肉の赤ワイン煮)など、お肉料理が特にお勧め。
41, rue Montmartre 75002 Paris
+33 (0)1 42 33 06 90
■Mora
(製菓、調理器具店)
1814年創業の本格派。真鍮の鍋のディスプレイに思わずみとれてしまう。
13, rue Montmartre 75001 Paris
+33 (0)1 45 08 19 24
  ■G.Detou
(製菓材料店)
G.Detou=J’ai du tout(私は何でも持っている)という名前の店。確かに「ほとんど」なんでも揃っているらしい。
58, rue Tiquetonne 75002 Paris
+33 (0)1 42 36 54 67
  ■Le comptoir de la gastronomie
(食料品店)
フォアグラやワインなどお土産になりそうな素敵な食品が並ぶ。併設のレストランもお勧め。
34 rue Montmartre 75001 Paris
+33 (0)1 42 33 31 32

<次回>vol6. おもてなし上手の秘密  ―ニコル叔母さんのマルシェ―

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