vol.19 郊外へお散歩マルシェ ―ジャック・タチに捧げる―
texte & photo : アトランさやか
  ジャック・タチ監督の『ぼくの叔父さん』(1958年)は、映画好きのフランス人に時代を超えて愛されている作品です。ユーモラスな「叔父さん」のトレードマークはパイプに帽子、大きい体にすこし小さすぎるトレンチコート、短い丈のパンツからのぞく縞々の靴下。その姿を見るだけで、条件反射のようにあの軽やかなテーマ曲が頭の中をまわり、映画の数々の名シーンを思い出してしまうのは私だけではないはず。  
マルシェとユロ氏の関係とは? ユロ氏と甥っ子、パイプを加えた犬の銅像
そんな名シーンの一番に私が選びたいのが、何度か出てくる下町マルシェの風景です。舞台になった地にいまだにマルシェがたっていると聞きつけて、今回はパリの東にある「Le Vieux-Saint-Maur」(昔ながらのサン・モール)に足を伸ばすことに。映画の中で見た、馬車に乗ってマルシェを横切るおじいさん、屋台のスタンドからトマトを落とした女の子に濡れ衣を着せられて、商人に叱られるユロ氏、レタスを買うついでにしっかりパセリを一束もらっていくお洒落なおばあちゃん、バゲットを片手におしゃべりに花を咲かせるおじさん…などを次々と思い出しては、訪れるマルシェが今も変わらず人情あふれる場所だったら、という期待がふくらみます。ただ、映画が撮影されたのはもう半世紀以上も前のこと、「他と似たり寄ったりの平凡なマルシェかもしれない」と不安な気持ちも。駅からの道を急ぐこと約15分、目印である「Place de la Pelouse」)(芝生の広場)に到着しました。  
「『ぼくの叔父さん』が撮影された地区です」
    マルシェの入り口にスタンドを構えるご主人の満面の笑顔を見た瞬間、不安な気持ちはどこへやら。彼が試食用にと切り分けてくれた香ばしい胡桃が入った絶品のドライ・ソーセージを、お昼用に早速2切れ注文します。並びにあるお店でチーズを買った後は、マルシェ中央のパン屋でかりかりのバゲットと赤い果実のタルトを。優しい笑顔の店主はシュー生地のお菓子を買い物客に配っています。
底抜けに元気なおじさんにびっくりした シュー生地の上にチョコレートと砂糖が
このマルシェは簡易テントのおかげで雨や風は防げるようになっているものの、閉ざされた屋内マルシェとは違い、太陽の光や初夏の風が気持ちよく場内を満たしていて、幸せムードが漂います。マルシェで働く人たちの中には、この地が映画の舞台になったことなんて知らない人もいたけれど、常連客とのんびり軽口をたたいたり、お年寄りにはとても親切だったり、映画の気分はしっかり受け継いでいます。    
新鮮なアーティチョークが並ぶとこんなに壮観! 階段の手前には市民の憩いの場の公園が
  さてそろそろお終い、と思ったとき、これまた映画で見たような犬を発見。ユロ氏がマルシェに行ったときは、買い物カバンからニョキッと顔を出しているカワカマスを見て、野菜屋の犬が牙をむいていましたっけ。パチリと挨拶代わりに写真を撮った後は、隣の公園で即席ピクニック。すべり台の周りでは子ども達が歓声をあげてはしゃぎ、私はまた、『ぼくの叔父さん』に出てくる腕白坊主達に思いを馳せたのでした。  
フランスの犬は、買い物のときもいつもお供 色々な匂いが漂うマルシェは誘惑だらけ?

■Marché du Vieux-Saint-Maur
Place de la Pelouse
94100 Saint-Maur-des-Faussés
水・土 午前中
RERのA線「Saint-Maur-Créteil」駅にて下車し、徒歩15分
(地図 http://www.saint-maur.com/plan/plan.htm


*キャトル・セゾンからのお知らせ
2008年1月から掲載してまいりました、アトランさやかさんの「パリのマルシェから」は、
8月掲載のvol.20をもちまして終了予定となりました。ぜひ最後までお楽しみください。


<次回>vol.20 ―最終章― (8月中旬掲載予定)

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