vol.18 ムフタール通りへ ―真木子さんの時間―
texte & photo : アトランさやか
ムフタール通りでは、月曜以外毎日マルシェが開かれています。カメラをぶらさげて街歩きを楽しむ観光客も多いけれど、画家や写真家、作家や大学教授などが集まって話を咲かすカフェがあったり、学生向きの安いレストランが軒を並べたりと、この地区の魅力はつきません。紹介してくれたのは、この通りに住む熊野真木子さん。彼女の一日は、いつものカフェでいただく一杯のエスプレッソから始まります。    
店主の人柄に惹かれて通う人も多い カウンターにある鏡が映す人間模様
その行きつけのカフェには、世の中でここにしかない、と思わせる独特な空気が流れています。カウンターに、ひとり、またひとりと、近所の常連客がやってきて、コーヒーを飲んだり、近くのパン屋で買ってきたクロワッサンを食べたりしながら、好き勝手なことを言ったり、歌を歌ったり、しばらく新聞を読んだりした後、ふらりと去っていきます。音楽こそ流れていませんが、通りのマルシェから聞こえてくる喧騒、近くにある教会から聞こえてくる鐘の音、そして「やあ、やあ」という挨拶に続く絶え間ないおしゃべりが、気持ちよく耳に馴染みます。ここの空間に足を踏み入れた瞬間、誰もが平等になるマジック。そんな時間を誰よりも愛しているのは、もしかして真木子さんかもしれません。彼女はこのカフェの中で自作の写真を展示したことがありますが、そのきっかけになったのは「この空間、そして、この空間を作っている人たちと仲良くなりたい」という気持ちだったそう。  
食事の時間は、店内奥にあるテーブル席に
  その展覧会から時間が経ち、今では、真木子さんとムフタール通りは切っても切り離せない関係に。この通りを歩けば、必ずと言っていいほど近くに住む友人に出会い、挨拶を交わします。大好きな人たちも、カフェも、マルシェもいつも手の届く距離にあるせいか、彼女がこの地区を離れるのはとても稀だそう。パリの中心にありながら「約束なしでも友人たちと偶然会える」というのは、心和む奇跡のようです。  
近所のお友達を訪ねる前に、サクランボを 夏に向けて、野菜や果物も元気が出てくる
    そんな毎日を愛する真木子さんが家でよくつくるのが野菜のスープ。「土を感じる」じゃがいもやにんじん、玉ねぎなどを、「海を感じる」だしで煮るだけ、とさりげなく言いますが、そこには彼女ならではの暮らしのこだわりがあるように思います。唯一訪れるレストラン「Jardin d’Ivy」(イヴィーの庭)でも、いつも頼むのは「漁師さんのお鍋」。海の滋養が詰まったような味わいは、確かに浮気が出来ない美味しさです。
家から歩いて数分のところにあるレストラン ブイヤベースに似た、海の幸が一杯の一皿
日曜日は、この通りが一番にぎわう日で、いつもにも増してマルシェも活気づきます。そして、さらに気持ちを高揚させてくれるのが、通りの一番下にある教会前広場で正午前後に行われるミニ・コンサート。昔ながらのシャンソンを奏でるミュージシャンがやってくるのですが、歌詞が書いてある紙を見ながら観客も一緒に歌に口ずさんだり、思わず踊りだしたり…。休日の喜びにあふれる時間が流れていきます。    
買い物の途中にふらりと立ち寄る見物客 毎週華麗なステップを披露するおじいちゃん

■ムフタール市場
Rue Mouffetard 75005 Paris
月休

■Jardin d’Ivy(フランスの素朴な家庭料理)
75, rue Mouffetard 75005 Paris
無休


*キャトル・セゾンからのお知らせ
2008年1月から掲載してまいりました、アトランさやかさんの「パリのマルシェから」は、
8月掲載のvol.20をもちまして終了予定となりました。ぜひ最後までお楽しみください。


<次回>vol.19 郊外へお散歩マルシェ ―ジャック・タチに捧げる― (7月中旬掲載予定)

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