パリで暮らしていると、小さなことがきっかけになって、ずっと通いたくなるような場所を見つけることがあります。このコラムでは、そうやってめぐりあったお店やアトリエ、そして、そこで毎日こつこつとモノをつくる職人たちをご紹介します。
最終回は、ご夫婦でデザインから制作まで手がけているガラス作家さんのアトリエ、そしてお住まいにうかがいました。多くの注文に追われてお忙しいお二人ですが、四季(キャトル・セゾン)を身近に感じることのできるその静かな空間では、時が豊かに流れていました。

4. ローランス・ブラバン 2013.2.14

   
 ガラス・デザイナーであるローランス・ブラバンさんの作品を初めて手にし、体験したのは、パリの友人宅。ステム(脚)からフット(台)の部分が空洞になっているワイングラスでした。ワインを注いだときのわくわくするような躍動感と、液体がすみずみまではいったグラスのユーモラスな姿に、すっかり魅了されてしまったのを今でもよく覚えています。タンブラーやカラフ、ティーポットやカップ、フラワーベースなどの、毎日使う、小さなオブジェ。それらは、ローランスさんの手にかかると、どこか遊び心があったり、理知的だったり、ポエティックな「作品」へと進化します。

 今回で最終回となるこのコラム執筆に当たって連絡をとったところ「実は、数ヶ月前に、ナンジスに引っ越したばかりなんです。仕事に追われて、アトリエもぜんぜん片付いていない状態だけれど、それでもいいかしら?」とのお返事。「もちろんです」と、パリから電車に乗って出かけていきました。

 パリの南東に位置しているナンジスは、パリ東駅から電車で約40分。ローランスさんの新しい住まい兼アトリエは、そこからさらに車で15分ほど。石造りの趣のある家が並ぶ、なんとも愛らしい村の入り口にありました。
   
   
 ローランスさんが、パートナーである吹きガラス職人のアラン・ヴィルシャンジュさんとここに越してきたのは去年の6月。1年かけて理想の家を捜し求めましたが、今の家を見たときは「ひとめぼれ」だったとか。決め手は、アトリエ用の大きな空間を確保できる環境でした。きっと昔は穀物など食料品の保存庫として使われていたのでしょう。住居用の家の並びにある高い天井の広々した空間が、アランさんの作業場になっています。

 早速案内してもらったアトリエには、作りかけや完成したての作品、原材料となるガラスのストック、ガラスを押さえたり、叩くための道具、炎から目を守るための眼鏡、そして作品を仕上げるための釜などが置いてあります。
   
   
 しんと静まったその空間の中、聞こえてくるのは、バーナーの「シュー」とも「ゴー」とも形容できる音だけ。話しているときはいたって柔和な目をしているアランさんですが、炎を前にするとその表情はとたんに真剣になります。時にオレンジ、時に青白い光を放つその炎は約2000℃。ガラス自体は1200℃ほどに。

 「ガラスは、こうやって炎を加えることで、常に変わっていきます。輝いたり、暗くなったり、やわらかくなったり、硬くなったり。そうやって、秒単位で変わっていくガラスの色合いや様相を観察して、最適な瞬間を選びながら作業を進めなくてはいけないんです。一度つくりはじめたら、“ちょっと休憩”なんてことも無理ですし、つくっているものによって、ガラスを吹いたり、叩いたりするタイミングも変わってくるんですよ。この作業には瞑想的な側面もあります」と、この仕事の奥深さを教えてくれるローランスさん。そうやって形を与えられたオブジェは、560℃の釜で仕上げていきます。これについても、繊細なつくりの作品については、温度差によるショックを避けるために成形後すぐに釜に入れる必要があったり、それぞれのオブジェについて扱いは異なります。

   
   
 一人前のガラス職人になるまでに、アランさんは、アメリカやドイツ、フランス各地のアトリエで10年ほど修行を積んできたそう。その間は経済的に苦しい日々を送ることを迫られたそうですが、「一度ガラス吹きをして、好きになってしまったら、もうオシマイさ!」と、苦労話などすることなくさわやかに笑います。

 そんなアランさんの隣で微笑むローランスさんに「豊かな生活って、何だと思いますか?」と聞くと、すこし考えた後、こう答えてくれました。「まずは、愛する人のかたわらで生きること。それが一番大事です。そして、好きなことをすること。ものづくりを続けること」。

 今は引越しをしたてということもあり、ふたりとも休みなしで働きづめ。「特別どこに出かけなくてもいいから、ゆっくりしたい。家族や友達に会いに行きたい」というふたりですが、そのたたずまいからは、ガラスが結んだ固い絆と深い愛情、そして、好きなことを仕事にした人だけの持つきっぱりとした潔さや充実感が漂います。
   
   
 取材後、1時間に1本の電車を待つ私にお茶をいれつつ、ローランスさんは暮らしの豊かさについて話を続けてくれました。

 「私にとって、自然とのコンタクトもとても大事な要素です。このすぐ近くには森がありますし、キッチンから、こうやって四季(キャトル・セゾン)によって移りかわる自分の庭を眺められるんです」。

 フランスの北部、海の近くで生まれ育った彼女にとって、自然、そして、水・液体は常に身近なものだったそう。「液体は、“生”そのもの。それは、エネルギー。海。常に動き、流れている。それをためることは出来ても、つかめないもの」なのだと説明するその口調には、静かな中に、情熱がこもっています。

   
   
 彼女のデザインするガラス作品が、水やワイン、オイルやヴィネグレット・ソースなど、液体を加えることで魅力を増すのにも納得。話を聞きながら、初期の作品である、縁にガラスの水滴がちょこんと一粒添えられたタンブラーが頭をよぎりました。一見シンプルなそのデザインには、作り手がいつくしむ原風景が潜んでいたようです。

 新しい環境の中でローランスさんとアランさんがつくりだす作品は、きっとこれからも変化を遂げていくはず。常に変わっていく、ガラスや、水のように。時には静かに、時にはダイナミックに。

 ちなみに、この日ローランスさんがいれてくれたお茶は、日本の昆布茶!2006年に京都のヴィラ九条山に半年の間滞在したこともある彼女には、日本にはなみなみならぬ思い入れがあります。彼女を訪ねて短期間日本にやってきたアランさんと、桜の時期に「哲学の道」を歩いたのもとても良い思い出だとか。

 「説明するのはほとんど不可能なのですが、日本の雰囲気に惹かれるんです。京都の住まいは自然の中の夢のような環境でしたし、東京も大好きです。日本のことは、まるでずっと前から知っていたかのように思ってしまうんです。空間のつくりかたにも感銘を受けました。距離があるのに、親密な感じとか……。雰囲気の話なので、表現するのがとても難しいですけれど」と、一生懸命話してくれました。
   
■Laurence Brabant Éditions(ローランス・ブラバン)
Site  http://www.laurencebrabant.com/index.php
*コラムの冒頭で出てきた、ユニークなワイングラスはこちら

■infomation
ローランスさんの作品は、パリ市内のお店で購入することができます。(2013年2月現在)
在庫切れの場合などもありますので、お出かけの際は事前に各店舗へ確認されることをおすすめします。

・Talents
1bis, rue Scribe, 75009 Paris
Tél : 01 40 17 98 38
Site http://www.boutiquestalents.com/fr/opera/
月〜土11時〜19時 、日休み
メトロ  Opéra

・PRINTEMPS HAUSSMANN (Maison)
64, bd Haussmann 75009 Paris
Tél. : 01 42 82 50 00
Site http://www.printemps.com
月〜土9時35分〜20時(木〜22時)、日休み
メトロ  Havre Caumartin

・BHV(近日取扱い開始予定)
52, rue de Rivoli 75004 Paris
Tél. : 0977 401 400
Site  http://www.bhv.fr
月・火・木・金9時半〜19時半、水9時半〜21時、土9時半〜20時、日休み
メトロ  Hôtel de Ville
アトランさやか
1976年千葉県生まれ。青山学院大学フランス文学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年からパリに暮らす。パリ第4(ソルボンヌ)大学にてミリアム・ロマン教授に教示を受け、論文『バルザックにおける食』を書き修士号を取得。以来、フランス文学と食は一生のテーマに。学業修了後は、食についての話題を中心に、フランスのライフスタイルについて雑誌「天然生活」やパリの日仏新聞「OVNI」などにて執筆。著書に「薔薇をめぐるパリの旅」(毎日新聞社)がある。
ブログ アトランさやかのパリ散歩
 
 
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