パリで暮らしていると、小さなことがきっかけになって、ずっと通いたくなるような場所を見つけることがあります。このコラムでは、そうやってめぐりあったお店やアトリエ、そして、そこで毎日こつこつとモノをつくる職人たちをご紹介します。
第三回は、家具のリペア職人さんにインタビュー。バルローさんの話を通して、古い物を大切にしているフランスの文化が見えてきました。

3. アトリエ・バルロー 2012.11.15

   
 フランス人は、古くて歴史のあるものに敬意を払います。その心意気は、趣きのある街を歩けばすぐに肌で感じることができるもの。何世紀も前に建てられた邸宅、アール・ヌーボー調の曲線を生かしたつくりのエントランスや、戦後から変わらずある文学カフェ。ガイドなんてなくても、そんな街を歩いているだけで、時間が瞬く間に過ぎていきます。

 歴史に敏感なパリの人々は、その毎日の暮らしの中にも、過去の面影をとりいれるのが好きで、それがまた上手です。週末になると、いそいそと蚤の市に通う人も少なくありません。どこかの家にずっと眠っていたような食器やリネン、洋服やアクセサリー、そして家具を見つけて来ては、自分のスタイルにしてしまうのです。

 パリの南に家具修復・制作のアトリエをかまえるトマ・バルローさんは、そんな、古いもの好きの強い味方。時代の流れで修復の需要が多少減ってきたとは言え、トマさんの仕事の80パーセント
を占めるのは昔の家具の修復だそう。パリの南、14区のアトリエに取材に訪れた日も、ちょうど、チェストの花模様の木の細工を修復中でした。花瓶からこぼれた水が原因で黒ずんでしまった木の部分を、丁寧に取り除いていきます。
   
   
 約40uのアトリエには、ナポレオン3世様式の化粧台や、18世紀につくられた戸棚など、美術館にあってもおかしくないような立派な調度品が無造作に置かれています。家具やアート好きにとっては、もうそれだけで非現実的な夢の世界……。その思いは、修復にあたってトマさんが使う材料を見せてもらうにしたがって、さらに強くなっていきました。例えば、木を張りつけるときの糊の原料は、牛などの動物の骨や神経が原料になっているのだそう。これは人類史上もっとも古い糊で、古代エジプト時代から用いられているというのだから驚きます。他にも、ニスに使われるという樹液が原料の小片、木のへこみに塗り込むための固形ワックスなど、普段はまずお目にかかれないアイテムが次から次へと出てきます。トマさんのアトリエが、なんだか、おとぎ話に出てくる魔女の家のように見えてくるほど。思わずそのことをご本人に伝えると、「うん、そのようなものだね」とサラリ。そして、それと同じような何気ない調子で、「パリの工芸技術博物館所蔵の工芸品を修復したこともあるんですよ」と教えてくれました。
   
   
 貴重な家具の修復にあたる時には緊張感もあるそうですが、ここでも、やはりトマさんは気負うことはありません。「まだ無傷で残っている部分をよく観察してそれを参考にしたり、図録を見て確認しながら仕上げていくんだ。あとは今までの経験がものを言うね」と、頼もしいひとこと。子供のころから手作業が好きだったトマさんにとって、この職業は天職なのだと思います。中学を卒業してから、「手を使って、アートに関わる」職に就きたいと思ったトマさんは、専門学校に進み高級家具の修復や木の細工を習いました。学校を卒業してからは、生まれ故郷のブルゴーニュ地方などのアトリエで修業を重ね、技術を磨いていったそう。パリでの初めの仕事は、古物商の知り合いからの依頼でした。その後徐々にクライアントを増やし、現在の場所にアトリエをかまえたのは2009年のこと。「本当は、今よりも2〜3倍の広さがあったらいいのだけれど」と言いますが、30歳を前に家賃の高いこの街に40uほどの作業場を持てるなんて、なかなかのものです。実際、家賃高騰に音を上げて、郊外や地方にアトリエを移す職人たちは後を絶たず……。最近父親になったばかりのトマさんも、将来的には故郷のブルゴーニュ地方へ活動の拠点を移すことも考えているそう。それでも、今のところは、こうやってパリにお店を開けておくことに十分なメリットがあると言います。

   
   
「たとえば、こういった椅子。こういう小さなモノなんかは、お客さんが自分でひょい、と持ってきたりする。それに、ウチのお客さんの70パーセントはこの地域の住民なんですよ。アトリエのサイトやイエローページを見て連絡をしてくる人もいるけれど、ほとんどの依頼は、口コミとか、通りがかりの人からのものなんです。」確かに、取材の間に限っても、ぽつりぽつりと近所の人が足を止めたり、アトリエに入って来て相談をしに来たり。時には、子供連れで散歩をしていた近所の人が、「子供に見せたいから、ちょっと入ってもいいですか?」と、ふらりとやってきてしばしの間見学していくことも!
   
   
 そんな、街の中にすっかり溶け込み、時ににぎやかなこのアトリエですが、家族から代々伝わる家具などの修復にあたっては、心を落ち着かせてのぞむことが必須。トマさんが朝早くから働く理由のひとつは、お客さんが訪ねてこない早朝の方が作業に集中できるからだといいます。

 個人的には、アール・ヌーボーの時代に活躍したシャルパンティエ、ガレやマジョレルなどの作品が好きだそうですが、持ちこまれる家具はさまざまな時代の多様なスタイル。そのどれもが一点ものであるため、間違いは許されません。そして、今では見つけることのできない素材が使われていることも、この仕事の難しさのひとつです。例えば、亀の甲羅。ナポレオン3世様式などでよく使われていたそんな素材は、今ではほとんど生産が不可能なもの。そういった素材は、リタイヤした同業者から購入するなどして、今までに少しずつストックを増やしてきたそう。そして、作業中に分からないことが出てくると、今でもブルゴーニュ地方の師匠に教えを請うのだといいます。


   
   
 ……そんな話の最中、トマさんは、インタビューをしている私のちょうど隣にある家具のカバーを取り除くと、「これは、18世紀の有名な家具職人、ピエール・ルッセルが手がけた棚なんです。ほら、よく見ると、こうやってROUSSELと名前が刻んであるでしょう?」と、修復中のお宝を見せてくれました。さらに、こういった価値の高い家具には、修復士のサインが、修復士にしか分からない箇所に刻まれていることもあるのだとか。例えば、普通にその家具を使用している人には決して見えない、大理石に隠された木の部分に、ひっそりと。そのサインは、時代を超えた職人たちを結ぶ縦のつながり。「今までの12年のキャリアの中で、そのサインを見つけたのは10回くらいかな。僕も、この家具には後世の修復士のためにサインと日付を入れるつもり」と、嬉しそうなトマさん。

 「手を使うことが好きだから」、とこの道に入った青年は、時代を超えて現代に残る家具修復にパッションを持って取り組む職人に。「一番嬉しいのは、お客さんが、きれいになった家具を見て喜んでくれること」と言うその控えめな口ぶりからは、いかにも実直な人柄がにじみでていました。

■atelier-ballereaud(アトリエ・バルロー)
17, rue brezin 75014 Paris
Tel : 01 45 41 96 11
火〜土7時〜19時半
Site  http://www.atelier-ballereaud.com
メトロ Mouton-Devernet
   
   
アトランさやか
1976年千葉県生まれ。青山学院大学フランス文学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年からパリに暮らす。パリ第4(ソルボンヌ)大学にてミリアム・ロマン教授に教示を受け、論文『バルザックにおける食』を書き修士号を取得。以来、フランス文学と食は一生のテーマに。学業修了後は、食についての話題を中心に、フランスのライフスタイルについて雑誌「天然生活」やパリの日仏新聞「OVNI」などにて執筆。著書に「薔薇をめぐるパリの旅」(毎日新聞社)がある。
ブログ アトランさやかのパリ散歩
 
 
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