パリで暮らしていると、小さなことがきっかけになって、ずっと通いたくなるような場所を見つけることがあります。このコラムでは、そうやってめぐりあったお店やアトリエ、そして、そこで毎日こつこつとモノをつくる職人たちをご紹介します。
第一回は、パリで陶器の制作と販売をしているステファンさん・ジェさんご夫婦にお話を聞きに行きました。
1. ル・プティットゥ・アトリエ・ドゥ・パリ  2012.05.15
   
「Le Petit Atelier de Paris」(ル・プティットゥ・アトリエ・ドゥ・パリ)とは、「パリの小さなアトリエ」という意味。パリの中心にある近代美術館「ポンピドゥーセンター」から歩いて7〜8分の静かな小路にひっそりとたたずむ、パリでもユニークな存在のアトリエ兼ショップの名前です。

薄いグリーンのペンキに塗られた扉を押すと現れるのは、手づくりの木の机や、アンティークの家具やランプなどがさりげなく置かれた店内。そこには柔らかい光が差し込み、外とは別のゆるやかな時間が流れるよう。そんなスペースに並ぶのは、私たちが暮らしの中で毎日使う、とても身近な食器たちです。エスプレッソ・カップとスプーン、アイスクリーム用のふちのある器、シンプルなボウル、グレーやゴールドの小さな星が散りばめられたカップやお皿、「愛」「健康」「幸福」「成功」「繁栄」「友情」というフランス語がそれぞれ刻まれたデザート用の皿、計量カップのように数字が刻まれたカップ……。

ごく薄いクリーム色が混ざった白がベースのそんな陶器たちは、見て、触っているだけで静かな喜びを運んでくれます。こんな食器があれば、毎朝飲むコーヒーはもっとおいしく、おやつの時間や家族や友人たちとのディナーは、もっと豊かになりそう。
   
   
陶器の制作と販売を手がけているのは、フランス人のステファンさんと韓国人のジェさんご夫婦。ふたりで2005年にこの場所をオープンして以来、自分たちでつくれる範囲のものを地道につくり、売り、なくなったらまたつくり……というサイクルを繰り返しています。つくり手はふたりだけなので、ストックはほとんどありません。

オープン当初、家族や友人達はそろって「名もないふたりの小さなアトリエがうまくいくわけがない」という意見でしたが、ふたりは、その道を疑うことはありませんでした。初めは赤字が続き経済的に苦しいときもありましたが、その間も「アトリエを始められたことがたまらなく嬉しくて、心配したことは全然なかった」そう。そもそも、ふたりが陶器をつくりはじめたのは、ENSCIという国立のデザイン学校に通っていた頃。「ただ使い勝手が良いだけではなく、日常生活に幸せな気持ちを運んでくれるようなものを」と、まずは自分たちのために食器をつくり始めました。そして、次は友人達へのプレゼントを。そして、それが高じて、「日常の幸せ」をコンセプトにしたアトリエのオープンへとつながっていったそう。食器の他にも、「建築家に人気がある」という、家をかたどった風鈴やアクセサリ、アルファベットをかたどった小さなオブジェからは、ふたりの柔らかい遊び心が感じられます。
   
   
学校を卒業後、ステファンさんは2年ほどデザイナーとして会社勤めをしたことも。ジェさんもいくつか研修をしましたが、その間も陶器制作への気持ちを忘れたことはありませんでした。「ちょっとガラスにも似た、透明感のある」陶器について、ふたりは言います。「この土はごまかしがきかない素材。成型のときに少しでもミスをすると、焼いているときに壊れてしまうので神経を使います。でも、他のどんな土よりも高温で焼く分、丈夫な仕上がりになるんです。ここの陶器は、レンジやオーヴンに入れたり、食洗器にかけることもできますよ」。 技術的にはもっと薄いものもつくれるけれど、毎日の暮らしの中で安心して使えるよう、食器類にはある程度の厚さを持たせるようにしています。
   
   
個性を感じさせる良質なものでありながら、そんな現代の暮らしに合った作品づくりは、口コミなどで徐々に評判に。ひとつひとつが手づくりなので、かたちも少しずつ違いがあれば、厚さも、ぽってりしていたり、すこし薄めだったりと、ふぞろいです。このアトリエのファンにとっては、そんな違いが何よりの魅力。それぞれを見比べ、その中から自分の好みのもの選んで、嬉しそうに陶器を家に持ち帰るのだといいます。私もそんな例に漏れずで、このアトリエからやってきたカップを眺めたり、使ったりしながら、毎日ほっこり。

「アトリエを立ち上げた当初は、ショップを開く気持ちはありませんでした。でも、他のお店に商品を委託すると値段がつり上がってしまうことが分かって、自分たちで販売まで手がけることに決めたんです。そうすれば、たとえばお金があまりない学生たちにも来てもらえるでしょう?野菜の直売と一緒で、つくり手が売り手になると、お互いにとって良いことがあるんですよ」と、おふたり。そんな決断のおかげで、このショップでは、学生でもちょっと背伸びをすれば手が届く「毎日の幸せ」を見つけることができます。パリっ子から愛されるハイセンスなデパート「ボン・マルシェ」、すてきなパン屋「パン・ドゥ・シュークル」「ポワラーヌ」などから声をかけられてコラボレーションをすることもあるふたりですが、それらはいずれも期間限定。彼らのベースはあくまで「直売」なのです。今までのコラボレーションも、ふたりの方から働きかけたのではなくて、すべてはショップでの出会いから自然にはじまったことだといいます。
   
   
お店を始めた頃はショップを火曜日から土曜日までオープンしていましたが、過労がたたり、一時期ジェさんは健康を害してしまったことも。徹夜で仕事をするのも珍しくないそうで、「好きじゃなかったら、とてもできない」と、ふたりは笑いながら口を揃えます。今では、もう少し余裕をもって制作に時間が割けるように、ショップは木曜日から土曜日のオープンということにしています。特にノエル(クリスマス)前などは注文がたくさん入り制作に追われることになりますが、当面は販売を他の人に手伝ってもらう気持ちはないとか。「自分たちがお店に立ってお客さんと話をすることで、どんなところが良いか、悪いか、直に感じることができる」というのがその理由のひとつ。そして、なによりも「自由」を大切にするふたりにとって、従業員のことを考えないで、思い立った時にショップを閉めて、ふたりでバカンスに出られるという身軽さも大事なことだそう。

「これから、もっと旅をしたいなあ」と目を輝かせるふたり。この先、アトリエやショップの規模を大きくしたり、海外進出をする気持ちはありません。どこまでもシンプルでマイペースなふたりにとっての「成功」とは、自らの手を使ってモノをつくり続けて人に喜んでもらうこと、そして、今までと変わらずに自由を享受することに尽きるようです。

■Le Petit Atelier de Paris(ル・プティットゥ・アトリエ・ドゥ・パリ)
31, rue de Montmorency 75003 Paris
Tel : 01 44 54 91 40
木〜土13時〜20時
メトロ Rambuteau
   
アトランさやか
1976年千葉県生まれ。青山学院大学フランス文学科卒業後、編集プロダクション勤務を経て、2001年からパリに暮らす。パリ第4(ソルボンヌ)大学にてミリアム・ロマン教授に教示を受け、論文『バルザックにおける食』を書き修士号を取得。以来、フランス文学と食は一生のテーマに。学業修了後は、食についての話題を中心に、フランスのライフスタイルについて雑誌「天然生活」やパリの日仏新聞「OVNI」などにて執筆。著書に「薔薇をめぐるパリの旅」(毎日新聞社)がある。
ブログ アトランさやかのパリ散歩
 
 
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