予期せぬ出会いが起こるカフェ 2012.03.15
パリのカフェの研究を続けて気付けば10年以上。昨年にはパリの歴史的カフェや流行のカフェを20軒ほど巡るツアーも開催することができました。ツアーの最後の夜、若い人たちで賑わうオベルカンフのカフェ界隈をぐるりと歩き、予定していたカフェに足を踏み入れるまさに直前、ふっと何かが腑に落ちました。「そうか、つまり、カフェっていうのはコミュニケーションの場だったってことですね!」

私たちが訪れたパリのカフェでは、飲食に加えて人間同士のあたたかみのあるコミュニケーションを感じる機会が多々ありました。飲食だけでなく、誰かとの思いがけないコミュニュケーションが合わさった時、カフェは他にはないあたたかな光を放つ場所になるのでしょう。

パリでは今でも気軽に、誰かが誰かと声をかけあう、そんなシーンが存在します。街でも、電車の中でもマルシェでも、誰かと一言挨拶を交わし、じゃあまた、よい週末を!と言っている。都会だけれども人間味のあるあたたかさが感じられる街なのです。パリに住んでいなくても、カフェは誰にでも開かれていて、少しのお金さえ払えばいつまでも居られます。カフェのテラスというのは日本人にとっても、誰かと自然に話すことがしやすい場だと思います。今回は誰かとの出会いが期待できる、テラスのような雰囲気のあるカフェをご紹介してみます。
 
フロールのカフェ・クレームは、味を自分好みにしながら2杯飲めてオススメ
 
 
 
● Aux vieux Colombier (ヴュー コロンビエ)
パリのカフェには出会いがある、というのを教えてくれた店。留学していた学校の近くにある居心地の良い店で、人生初の行きつけのカフェになりました。

ある時奥の席に座っていた人に、日本人かと声をかけられ、そうだと言うと、彼はちょっと着物の絵を描いてるんだけど、と言って私の席までやってきました。その後も彼とはこのカフェや街角でばったりと会うことがあり、パリに来たんだ、学校にだけ行ってちゃダメだ、外に出なきゃ ! と力説されたり、日本文化についてこちらが色々教えてもらうことになりました。

また、宿題をしていた時に、隣に居たおじさんが「〜だねぇ」と言うので何のことかと思っていたら、私のテーブルの上に載っていたフランス語の分厚い辞書をつかんで言葉を探し、「これこれ」とクランデールという言葉を示してくれました。そうか、隙間風が寒いねぇと言っていたのか!それから私たちは会話をし、隙間風はあるものの、とても心が温まったのを覚えています。

ここはアールヌーヴォー調の内装が美しく、ガラス張りの外観を支える緑色の細い支柱が特徴的。角地に面した壁面がガラス張りになっていて、外の雰囲気を感じられ、店内全体がテラスのよう。椅子も昔ながらの使いこんだ籐椅子で、とても味わいがあるのです。サン=ジェルマン・デ・プレ界隈にしては珍しく、気取らない庶民派の店で、お昼は13ユーロくらいから。
 
鉛でできた年代物の円形カウンターも見ものです
 
 
 
● Cafe de Flore (カフェ ド フロール)
留学先の学校があるサン=ジェルマン・デ・プレというのはどこだろう?とガイドブックで見てみると、実存主義者たちが通ったフロールというカフェがいつも載っていました。どうしてカフェがこの地区筆頭の観光名所となるものなのか、ガイドを見る度不思議だなあと思ったものです。

フロールは実存主義の哲学者たちが第二次大戦中に集ったことで知られてますが、その前はジャック・プレヴェールなど、映画関係者のたまり場で、そんな雰囲気に作家のサルトルたちもひかれてここに腰を落ち着けるようになったのです。戦時中はノアの箱船のようだったというフロールは、独特の神々しい雰囲気を放っていて、パリがドイツに占領されていた時ですら、ドイツ兵士たちは入店するのをためらったほど。戦争が終わり、彼らの思想が一躍有名になると、フロールは戦後の自由を象徴するカフェになり、「実存主義者たち」と呼ばれた夜遊び好きの若者たちがたむろし、多くのメディアが取り上げて、世界中にその名を轟かすようになりました。

今では知的でクールな印象を保つフロール。けれど意外な一面も。サン=ジェルマン・デ・プレのかつての雰囲気を愛する人たちが主催する、42kmの代わりに42軒のビストロを廻ってワインを飲むという「酒飲みマラソン」の前祝いがこの店で開催された時のこと。会が終わりに近づく頃、いつもクールなフロールのギャルソンまでもが酔っぱらって陽気な主催者たちの雰囲気に同調し、地べたに並んで座った人たちが差し出す沢山の手の上に飛び込んで、その上を泳いでいったのです。あのフロールで!と私は一瞬目を疑いましたが、いや、違う。これこそがサン=ジェルマン・デ・プレだったんだ・・・と妙に納得したのを覚えています。
 
朝の光に包まれながらのクロワッサンとカフェ・クレームは至福のひととき
フロールでは現在、毎月第1水曜夜に英語の哲学カフェが開催されています。かつてサルトルやボーヴォワールが座っていたという2階の席で、今でも哲学的な議論が交わされているというのは感慨深いもの。

こういった会が終わると、店を出た人たちは、すぐ帰るのもなんだかな、と店の前で立ち話をしながら煙草を吸ったりしています。私はそんな人たちの中に入れてもらうのが大好きです。世界中から沢山の人たちが憧れて来たあのフロールで、今私もこうして誰かの輪の中に入れてもらえている、というのは本当に嬉しいもの。寒そうにしながら大通りの車に目をやったりして煙草をふかし、話を続ける彼らはとても夜の街に似合っています。サン=ジェルマン・デ・プレの顔を自負するフロールは堂々と美しい光を放ち続け、夜のテラスはいつも満席。夜になればなるほどある種近寄りがたい眩い光を放つフロールは、今でもパリの中で特別な存在のように私には感じられるのです。

フロールのすぐ隣は、大きな広場に面したテラスが特徴的なカフェ、ドゥ・マゴ。高級感ある内装の店内には、シックな人たちが集います。ドゥ・マゴのショコラは一度飲んだら忘れられない濃厚な味。サン=ジェルマン大通りには、知的でお洒落な本屋も並んでいます。カフェに寄ったら本屋でもぜひ、フランスの香りを感じてみてください。
 
眩い光を放つ夜のフロールは、独特の魅力で次々と人を引き寄せます
 
 
 
● Café des Phares (カフェ デ ファール)
バスチーユ広場に面したテラスの大きなカフェ・デ・ファールは哲学カフェ発祥の地。マルク・ソーテという哲学教授が「哲学を街に帰そう」と90年代からカフェで哲学的な話題を語り合う会を開いたのが哲学カフェと呼ばれ、この動きは世界中に広まりました。

カフェ・デ・ファールのテラスは、不思議な出会いがよく起こる場所。5年前に哲学カフェに行った時は満席で入れず、「なんの話題かご存知ですか?」と隣の人に話しかけたところから、沢山の人たちと会話をすることに。そうこうするうち会が終わり、溢れた人たちに押されながらも座っていたら、独特の風貌の女性に話しかけられ「今度水曜にフロールで英語の哲学カフェがあるからおいで」と誘われました。そこから私の人生が開けていったのです。

さて、彼女とは仲良くなったのに、その後連絡がとれないと思っていたら、前回最後に行ったカフェ・デ・ファールの前で偶然出会って驚きました。とにかくちょっと話したい、と言ったら彼女の仲間たちが集う、別の哲学カフェ後の食事会に行かせてもらえ、異なる世界を覗かせてもらうことができました。やっぱりこういったイベントは、会自体もいいけれど、その後のゆるやかな出会いがあってこそ楽しみが広がるのだと思います。

バスチーユでは日曜日の朝から13時過ぎまで大規模なマルシェが開かれています。歩きながら活気あるやりとりや、色とりどりの野菜や花を見ているだけでも自然と元気になるから不思議。食器や布製品、アクセサリー、雑貨や軽食屋さんも出ているので、お土産探しにも最適です。
 
哲学カフェは日曜10時半から。カフェでの伝統を肌で感じる絶好の機会です
 
 
 
● Le Dôme (ル ドーム)
モンパルナス大通り、ヴァヴァン交差点の目の前にあるドームはとっても落ち着いたカフェ。あまり知られていませんが、哲学者のサルトルやボーヴォワールがフロールに通う前に通っていたのはモンパルナスのドームです。1930年代には彫刻家のザッキンやジャコメッティはじめ、沢山の芸術家がこのドームのテラスを愛し、毎日のように通っていました。

パリで一番静かなカフェは?と言われたら私はここを挙げるかもしれません。ドームの目の前はバスも車も多い大通りだというのに、きっちりと遮断されたガラス張りのテラスの中はしーんと静まりかえっています。時に誰かの話し声。時にフォークのカチャカチャいう音。そっとやって来るギャルソン。ちょっと勇気を持って高級そうなテラスの扉を開けさえすれば、都会の喧噪から隔離され、パリに来た喜びをじんわりとかみしめていられる特別な空間が待っています。夕方にはモンパルナス大通りを通る車の赤いランプ、向かいの歴史的カフェ、ロトンドのオレンジ色のネオンや青い夕闇やらの光が窓ガラスに反射しあってうっとりするような世界。カフェツアーの時もここでとろけてしまった人が続出しました。

先日パリを観光した際にドームを訪れたという日本人の友人は、隣の席で一人で牡蠣を食べていたマダムと仲良くなって、その足でなんと彼女のお家まで連れて行ってもらったそう。マダムも注文していた魚のスープはドームのおすすめメニュー。カフェのテラスで、こんな出会いまであるとは驚きです。

モンパルナスは映画館の多い街。せっかくフランスに来たのなら一度映画館に入ってみては?映画館を出た後でもその余韻に浸ってられる程、目の前にある夜の街が美しいのがパリの凄さだと思うのです。
 
パリ一美味しいカフェ・クレームは、エスプレッソとミルクが別々の器なのに3ユーロ台!
 
 
 

■Aux vieux Colombier(ヴュー コロンビエ)
65, Rue de Rennes, 75006
メトロ Saint-Sulpice

■Café de Flore(カフェ ド フロール)
172, boulevard Saint-Germain, 75006
メトロ Saint-Germain des Près

■Café des Phares (カフェ デ ファール)
7, place de la Bastille, 75004
メトロ Bastille

■Le Dôme (ル ドーム)
108, Boulevard Montparnasse, 75014
メトロ Vavin

   

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Miki IIDA
cafe文化研究家、Paris-Bistro.com日本語版代表。
著書『cafeから時代は創られる』いなほ書房

   
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