フランスで最もシンプルで幸せな食卓といえば「美味しいパンとヴァン(ワイン)とフロマージュ(チーズ)」。そんな、飾らない豊かさをお伝えしたくて、日本における農家製フロマージュ普及の第一人者、本間るみ子さんにフランスのフロマージュをご紹介いただきます。
4. アルプスの山で生まれたチーズたち   2013.8.12
   
 雪が溶け、アルプスが初夏の風に包まれる6月中旬になると牛たちは牛舎を抜けだし、のびのびと放牧地で過ごします。ピンク、黄色、水色など高原らしい澄んだパステルカラーの草花を食べたミネラルたっぷりのミルクからつくられるチーズがおいしいのは当然です。サヴォワで生まれたチーズはいくつもありますが、もっとも人気のある二つを紹介しましょう。   
   

7月初旬のアルプス。牛たちはもちろん人間にとっても楽園です。

山々には残雪が残っています。
   

アイラインが入って目がぱっちりのタリーヌ牛は小柄なのに健脚。食欲も旺盛。高山植物も大好物です。
■ボーフォール Beaufort
 ボーフォールのふるさと、サヴォワの開墾は、地元の修道士の共同体によってすすめられました。厳しく長い冬は高地にある多くの村を孤立させましたが、それゆえに熟成の長いチーズは必需品でした。牛の群れが夏の緑の山に放牧されるのは6月〜9月。アイラインをいれたようなくっきりと愛らしい目をした茶色の牛が、ボーフォールづくりに欠かせないタリーヌ牛です。急斜面もぐんぐんと登っていく小柄なタリーヌは、山岳地育ちらしいみごとな健脚です。高原の美しい草花を食べては反芻している光景はほのぼのとし、見ているだけで癒されます。
   
 そんなタリーヌ種の牛のミルクを使い夏期放牧中に製造されるボーフォールは「エテ(été)」と呼ばれ、それだけでも価値がありますが、「アルパージュ」となると更に価値が高まります。アルパージュは、ひとつの群れから搾乳した乳だけを使い、1500メートル以上のシャレ(チーズ製造小屋)で搾乳ごとに、つまり1日2回製造するという規定をクリアしなければなりません。熟成がすすみ茶褐色に変化した表皮から判断するのは困難ですが、AOPの印である青色のカゼインマークの他に四角い赤のカゼインマークが付けられているので判別できます。側面の凹みは18世紀頃、チーズを馬で運ぶために考案されたもといわれます。馬は不要になっても凹みはボーフォールの証なのです。
ボーフォールの証・側面の凹み
   

搾乳した乳がシャレに届くとすぐ作業が始まります。反転の作業は機械化されましたが、重労働です。
 熟成は、温度12℃以下、湿度最低92%の環境の整ったカーヴ(チーズを熟成させる部屋)で行われます。表面を磨き反転を繰り返すことで5ヶ月後には食べられる状態になります。さらにじっくりと1年以上熟成させると上品なノアゼットのような風味が増し、旨味の素となるアミノ酸の結晶も現れはじめます。かの有名な美食家ブリヤ・サヴァランが「グリュイエールのプリンス」と絶賛してから一躍有名になったボーフォールですが、その上品な香りはアルプスの美しい草原やさわやかに吹き渡る風を想像させてくれることでしょう。
   
 ■ルブロッション Reblochon
 大半のチーズは生まれ故郷の地名をとって名付けられますが、ルブロッションは「牛の乳房を2度摘む」という意味を持っています。名前の由来は、広大な土地を所有する貴族たちが、牛を放牧するための土地を借りチーズ製造をする農民たちから賃借料を搾取していた頃に遡ります。当時の賃借料は地主に搾乳量の何割かを払っていたのですが、農民たちはその搾乳量をごまかすことを思いつきました。一度に搾りきらずに、見廻りが帰ったのを確認したあと残りを搾ることでミルクの量を少なく見せかけられます。その残ったミルクでもう一度チーズをつくっていたのです。2回搾乳するという意味の他にも、泥棒する、略奪するという説もあるそうですが、なんとなくうなずけるお話ですね。

ルブロッション農家。
   

豊富なという意味がある顔の白いアボンダンス牛は乳量も多く優秀です。
ルブロッションの旬は夏。フェルミエ(農家)製のルブロッションは全生産量の20%にすぎませんが、150軒もの生産者が健在で、しかも、そのほとんどが夏用のアルパージュを所有しているのです。標高1500メートルの牧草地は百花繚乱。茶色の体で顔だけが白いアボンダンス牛(Abondance)たちが大自然を満喫しているように感じられます。
   
ルブロッションの製造は1日2回です。ミルクに凝固剤を入れ、杏仁豆腐くらいに固まった段階でハープを使い丁寧にカット、その後は静かに攪拌していきます。少しずつ上に上がってきた乳清をあらかた汲み出したあとは、一気に型に流し込んでいきます。農家製の印である10円玉ほどの緑色のカゼインを上に載せステンレスの重しをして、何度か反転を繰り返したら出来上がりです。最低2週間の熟成で食べられるようになりますが、30〜45日のあいだ湿度100%のカーヴで熟成させたものは、とろりとして香りもグッと強くなります。ジャガイモとベーコンとルブロッションでつくる「タルティフレット」はこの土地を訪れるスキー客に人気の名物料理。冬の需要が圧倒的に多いのですが、ほんとうなら旬の夏にこそ、召し上がっていただきたいチーズです。
ルブロッションの製造は1日2回。スピードが大切。
■このコラムでご紹介したチーズはフェルミエのオンラインショップでお買い求めいただけます。
ナチュラルチーズ専門店 フェルミエ

ボーフォール エテ "パカール熟成"
ルブロション ド サヴォワ フェルミエ "パカール熟成"
   
本間るみ子
新潟県佐渡生まれ。
アメリカに1年遊学した時にナチュラルチーズと出会う。
帰国後、入社したチーズ専門輸入商社「チェスコ株式会社」で、チェスコ創業者・故松平博雄氏に出会い、チーズの生まれた背景とロマンに魅了される。退社後、ヨーロッパ一人旅を決行。西欧の歴史と文化の洗礼を受ける。
1984年にレストラン評価本「グルマン」に出会い、レストラン向けのチーズ卸のアイディアが生まれる。
1986年3月、フェルミエを設立。
チーズの情報を仕入れるために生産者を訪ね歩くことで世界中のチーズ関係者との交流が広がる。
フランスのニームやカオールで開催された農家製シェーヴルチーズのコンクール審査員を経て、1997年パリで行われた国際農業見本市のフランス農水省主催コンクールで、日本人初のチーズ部門の審査員を務める。
チーズのおいしさ、楽しさを伝えたいと、講演活動や執筆活動にも情熱を注ぐ。
 
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