フランスで最もシンプルで幸せな食卓といえば「美味しいパンとヴァン(ワイン)とフロマージュ(チーズ)」。そんな、飾らない豊かさをお伝えしたくて、日本における農家製フロマージュ普及の第一人者、本間るみ子さんにフランスのフロマージュをご紹介いただきます。
3. シェーヴルの旬   2013.5.20
   
 太陽がキラキラと輝く初夏。日が長くなり、野外で過ごすのを楽しむことが多くなります。この季節を謳歌するのは人間だけではありません。放牧地で自由気ままに草を食み、ストレスレスに過ごす牛やヤギ、ヒツジたちにとっても最高の季節です。
   
サラセン人が伝えたシェーヴル
 風光明媚のロワール川は有名なお城が点在する観光スポットですが、ここはシェーヴル(山羊乳製チーズ)の大産地としても有名です。
ここにシェーヴルが広まったのは、ポワチエ周辺でカール(シャルル)マルテル軍とサラセン軍とが戦った732年のトゥール=ポワチエ間の戦いに始まります。 山羊の群れを連れたサラセン軍が敗れたため、山羊がこの地に残されたのです。この地の気候になじんだ山羊は次第に数を増やし、一方で残ったサラセン人はチーズづくりの技術を生かし、やがて山羊乳製チーズの大産地となっていくのです。ちなみに、山羊乳製チーズはフランス語でシェーヴルといいますが、アラブ語のシェヴリが語源だとも考えられます。

5月、放牧が始まります。
   

春は山羊の出産ラッシュ。赤ちゃん山羊たちのかわいいこと。
旬は復活祭から万聖節まで
 春はお母さん山羊たちの出産ラッシュです。山羊たちはちょうど芽吹いた柔らかい青草をもりもりと食べて、たくさんミルクを出してくれます。シェーヴルの旬が春から晩秋までといわれるのは、出産の時期と関係があるからなのです。春は酸味があるフレッシュ感のあるチーズを食べたくなる季節でもあり、熟成させないシェーヴルは人気があります。シェーヴルは熟成段階ごとに楽しめるのも人気のひとつです。少しずつ水分が飛び、自然のカビをまとうにつれ、ホクホクと旨味を増していきます。大きさはひと回り小さくなりますが、凝縮した味わいに変化するのは、美しく年を重ねた女性のようです。晩秋から冬にかけて、フレッシュのシェーヴルは姿を消しますが、栗やクルミの葉に包んだもの、オイル漬けなど、工夫をしたシェーヴルを楽しむことができます。
 最近では、私たち人間の欲求にこたえて、出産コントロールが行われるようになりましたが、本来の旬を忘れないようにしたいと思います。
   
ユニークな形
 多くのチーズは円盤形や円筒形が一般的ですが、シェーヴルは小型で、その姿もユニークなものが多いのが特徴です。うっすらと自然のカビに覆われたものと木炭をまとったものがありますが、中身はどちらも、きめが細かくまっ白です。フレッシュのうちは酸味を帯びていますが、熟成するにしたがい、ヘーゼルナッツを思わせるコクが感じられるようになります。フレッシュの状態なら塩、こしょう、オリーヴオイルで前菜として召し上がるのがお勧め。少しずつ水分を飛ばしていくことにより味わいも濃厚になっていきます。固くなったシェーヴルも焼くことによりほっこりと優しい味わいに変化します。さまざまに熟成を楽しんでいただけるのも魅力ですね。また、お好みにより蜂蜜やクルミをトッピングすることで、シェーヴルの美味しさがより引き出されるはずです。

ロワール川流域のユニークなシェーヴルをご紹介していきましょう。
シャビシュー・デュ・ポワトー
 アラブ語で山羊を意味する“シェヴリ”が時代とともに“シャビシュー”に代わっていったといわれます。高さ、約6cmの円筒形をした生地は白く、きめ細かでしっとりとしています。
  プーリニィ・サン・ピエール
 すらりと背が高く、「エッフェル塔」の異名を持つシェーヴル。頭のないほっそりしたシェーヴルは18世紀にはあったと言われますが、もしかしてプーリニィ・サン・ピエールの頭をきってできたのがヴァランセだったのかもしれないですね。
  セル・シュール・シェール
 高さ2.5〜3cm、直径10cm弱の円錐形。シェーヴルとして初のAOC(現在はAOP)を取得したチーズです。若いうちはしっとりと湿っていますが、熟成3〜4週間になると表面はグレーがかってきます。さわってカサカサとするようになれば食べごろサインです。バランスがとれたシェーヴルとして今も人気です。
       
サント・モール・ド・トゥーレーヌ
 細長い棒状は、よく見ると片方がやや細めです。もろい組織のシェーヴルを、崩さずに型から抜き出せるようにした工夫です。中心に一本入っている麦わらは、その補強と通気を良くして熟成を助ける役割があります。周囲にまぶされた木炭が、酸味を中和し保存性を高めています。サーヴィスするのは太いほうから。藁を切ってしまわないように注意深く端をカットし、そっと藁を抜いてから、残る部分をカットしていくと良いでしょう。
ヴァランセ
 ロワールのシャトー、ヴァランセ城といえば、フランス革命の政治家・ナポレオン一世が大臣を務めていたタレーランの城として知られます。ナポレオンがエジプト遠征に失敗して戻る途中に立ち寄ったのがヴァランセ城。本来は先が尖っていたこのチーズをみて「ピラミッド」を思い出す、とばかり頭を切り落としたという面白い逸話があります。木炭がまぶされたシェーヴルですから、乾いて締まったころが美味しさの合図です。
   
■このコラムでご紹介したチーズはフェルミエのオンラインショップでお買い求めいただけます。
ナチュラルチーズ専門店 フェルミエ

シャビシュー・デュ・ポワトー
サント・モール・ド・トゥーレーヌ
セル・シュール・シェール
ヴァランセ
プーリニィ・サン・ピエール
   
本間るみ子
新潟県佐渡生まれ。
アメリカに1年遊学した時にナチュラルチーズと出会う。
帰国後、入社したチーズ専門輸入商社「チェスコ株式会社」で、チェスコ創業者・故松平博雄氏に出会い、チーズの生まれた背景とロマンに魅了される。退社後、ヨーロッパ一人旅を決行。西欧の歴史と文化の洗礼を受ける。
1984年にレストラン評価本「グルマン」に出会い、レストラン向けのチーズ卸のアイディアが生まれる。
1986年3月、フェルミエを設立。
チーズの情報を仕入れるために生産者を訪ね歩くことで世界中のチーズ関係者との交流が広がる。
フランスのニームやカオールで開催された農家製シェーヴルチーズのコンクール審査員を経て、1997年パリで行われた国際農業見本市のフランス農水省主催コンクールで、日本人初のチーズ部門の審査員を務める。
チーズのおいしさ、楽しさを伝えたいと、講演活動や執筆活動にも情熱を注ぐ。
 
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