フランスで最もシンプルで幸せな食卓といえば「美味しいパンとヴァン(ワイン)とフロマージュ(チーズ)」。そんな、飾らない豊かさをお伝えしたくて、日本における農家製フロマージュ普及の第一人者、本間るみ子さんにフランスのフロマージュをご紹介いただきます。
2. カマンベール・ド・ノルマンディ   2013.2.5
   
 チーズの故郷を訪ねる旅について考える時どうしても欠かすことができないのが、フランス北部のノルマンディ地方です。セーヌ川流域からコタンタン半島に及ぶこの地域は、カマンベールをはじめ世界に知られる名門チーズをいくつも生んできました。
 北に大西洋を臨む立地条件から、ここは第二次世界大戦中「ノルマンディ上陸作戦」の舞台ともなったところでもありますが、現在はそんな背景を感じさせないほど平和そのもの。パリから北西に約100Km、車で3時間あまり走ると、あたりはもうすっかり緑の世界です。ノルマンディの穏やかな気候は、冬でもこの緑を枯らすことなく、良質のミルクを保証してくれます。ノルマンディ産のミルクやクリーム、バター、そして数々のチーズが高い評価を得ている陰には、この豊かな緑の存在があるのです。
   
 カマンベール村に入る前に、どうしても素通りできないのがヴィムーチェの村。ここの広場にはカマンベールを生んだといわれる、農婦マリー・アレルの像が立っています。1850年に行われた鉄道開通式の際、時の為政者ナポレオン3世が、娘たちに伝えたマリーのチーズを食べて称賛したのが今日の出世の始まりです。この広場に面したカフェに座ると、そんな歴史をつい思い出し、カマンベールの故郷に来た感慨にふけってしまいます。
   
 ヴィムーチェから南に3Km走ると、いよいよカマンベール村です。この道を反対に北へ走ればリヴァロ村、ポン・レヴェック村と名門チーズの故郷が連なる有名な「チーズの散歩道」です。人口200人にも満たない小さな村には、世界中のチーズファンのためのカマンベールをかたどった「メゾン・ド・カマンベール」があります。ここではカマンベール製造のヴィデオ鑑賞や、試食ができるようになっています。そしてこの村には、最後の一軒となってしまったフェルミエ製(農家製)のカマンベールを製造するフランソワ・デュラン氏のアトリエもあります。かつてどこの農家でも牛を飼い、搾乳、バターやチーズを製造していましたが、第二次世界大戦後は分業化が進み、酪農家が搾乳した乳は酪農工場が集乳するようになりました。デュラン氏は、世界が注目する農家製カマンベールを守り続ける勇気ある生産者と讃えられています。生産量は1日400個、日本ではおろかパリでさえ入手不可能な貴重なカマンベールなのです。
農家製のカマンベールの生産者はただひとり、デュランさんだけ。
   

手首のスナップをきかせて、カードを滑りこませるように型に入れていきます。
 世界中で模倣されるほど人気のカマンベールですが、AOP(原産地保護呼称)を名乗るためには産地がノルマンディに限定されるのはもちろんですが、乳の殺菌が禁じられています。製法も厳密で、ルーシュ(お玉)を使用し丁寧に型入れ作業を行わなければなりません。湿度や温度をコントロールしながら熟成させ、木箱に入れられて出荷となります。
 AOPを持つカマンベールの製造は人手がかかるため、価格が跳ね上がってしまうことは避けられません。大手スーパーは、安さを求めるがゆえに大手工場で大量生産される殺菌乳製のカマンベールを販売していますが、専門店で扱うのは無殺菌乳製の“本物”のカマンベールです。
     

眼鏡をかけたようなノルマンディ牛。

カマンベール作りの伝統を守るレオ社にて。

温度、湿度をコントロールしながら熟成を待ちます。
   
 食べごろの目安は、箱に印字されている賞味期限です。中央のチョーク状の芯がなくなり、少しアンモニア臭が感じられる完熟状態が好みであれば、賞味期限ギリギリまで待つのが良いでしょう。あっさり味が好みであれば、賞味期限の2〜3週間前のものを。バケットにたっぷりとのせていただくのがお勧めです。ノルマンディはリンゴの産地としても有名です。スライスしたリンゴ、またリンゴのお酒シードルとの相性が良いことも知られています。スーパースターになったカマンベールですが、本物は「カマンベール・ド・ノルマンディ」という名前で守られていますので、購入されるときはしっかりとチェックすることをお勧めします。
■このコラムでご紹介したチーズはフェルミエのオンラインショップでお買い求めいただけます。
ナチュラルチーズ専門店 フェルミエ

カマンベール ド ノルマンディー“レオ”
カマンベール ド ノルマンディー “ガロンド”
   
本間るみ子
新潟県佐渡生まれ。
アメリカに1年遊学した時にナチュラルチーズと出会う。
帰国後、入社したチーズ専門輸入商社「チェスコ株式会社」で、チェスコ創業者・故松平博雄氏に出会い、チーズの生まれた背景とロマンに魅了される。退社後、ヨーロッパ一人旅を決行。西欧の歴史と文化の洗礼を受ける。
1984年にレストラン評価本「グルマン」に出会い、レストラン向けのチーズ卸のアイディアが生まれる。
1986年3月、フェルミエを設立。
チーズの情報を仕入れるために生産者を訪ね歩くことで世界中のチーズ関係者との交流が広がる。
フランスのニームやカオールで開催された農家製シェーヴルチーズのコンクール審査員を経て、1997年パリで行われた国際農業見本市のフランス農水省主催コンクールで、日本人初のチーズ部門の審査員を務める。
チーズのおいしさ、楽しさを伝えたいと、講演活動や執筆活動にも情熱を注ぐ。
 
戻る